翻車魚舎

まんぼうしゃ。鳥の隠れ処。足元注意。


妙な感じがした。それが揺れだと気づくのに数秒かかった。経験したことのない、ひどく緩慢な揺れ方で、空から吊るされたブランコに乗ったらあんなかもしれない。いい大人がブランコに乗ると酔ってしまうので、あの長い揺れにも気分が悪くなった。
揺れがおさまってからTVをつけ、目を疑った。東北が震源で京都まで揺れる? そのあと津波の発生が報じられ、画面の向こうで町が侵食されるのを見た。人が逃げるのを、車が攫われるのを見た。見てはならないと諫める声が身の内で聞こえていた。現実でいま人が死にゆく場面を、私はどうして見物などしているのか。それでもテレビの前から動けかなかった。ようやく消してからも、何も手につかなかった。

むかし、メールで交流していたイギリス人が来日したとき、神戸と淡路を案内した。そこで阪神淡路大震災の写真パネルを見せたことがある。倒壊した高速道路の写真を見た彼は、すごいね!と満面の笑みで私を振り返った。同情を求めたつもりはなかったが、あまりに率直な喜びに驚いた。私にとっては故郷が破壊された辛い記憶でも、彼にとっては旅先でのアトラクションなのだと悟った日だった。他人の不幸を思いやるには準備や努力が必要なのだ。
あの日、画面のなかに人の死に様を見ている自分が、あのときの彼と重なりやしないかと怖れていた。その怖れていた自分も嫌だった。要するに、人だけでなく物事との距離の取り方がよくわかっていなかったのだ。それはいまも。


京都市内に住んでると石投げれば当たる距離に寺がいくつもある。 ほんとにひとつの通りに3軒くらいある。

唯物論者に育てられたので、付き合い以外にお参りなどしたこともないのだが、京都に引っ越してから徒歩圏内にいくつも詣でる場所があるがために、除夜の鐘と初詣に付き合わざるを得なくなった。私を付き合わせてるのは連れ合いだが、彼も別に信心があるわけでなく、まあ標準の日本人てとこなのだ。私は大晦日まで仕事のことが多いし、元日二日と年始の挨拶に出かけるので、夜は家でぬくぬくして休んでいたいのだが、断ると新年早々ご機嫌を損ねるので、近所を回るだけということでお互い妥協している。
順番に並んで鐘を撞き、賽銭を投げて手を合わせるだけ。
なんてことはないのである。ではあるが、小さな、もやっとした思いが毎度湧き起こる。
「信心ないのに体裁だけでごめんなさい」
そんなことに気が咎めるなら別に拝まなくていいし、旅先で寺社を訪れるときは実際そうしたりするのだが、初詣に並んでるのに拝まずUターンとかする度胸はないので、不本意ながら日本文化を重んじているふりをする。
自分を不自由だなあつまんないなあと感じて、軽く疲れてしまうから正月は苦手。
今年こそはもっと自由になりたいなあ。本年もよろしくお願いします。

浮上してるって言ったけど水面に浮かび上がる前に停まっちゃって、不調というほどではないけどどうも集中できない、ぼんやりする。欝ってほどじゃないしストレス貯まってるんだろうなと思っていたけど、単に睡眠が足りてないだけだったらしいです。
冷房の適温が私と連れとは違うので、冷えすぎたり熱すぎたりして、毎晩何度も目を覚ましてました。涼しくなって冷房のない部屋で寝られるようになったら、とたんに頭がスッキリした。
どのくらいスッキリかというと、パソコンの前にずっと座っていられるようになりました。これまでディスプレイに向かってられなかったのですよ。すぐ眠くなって。だから電源もめったに入れなかったし。で、久しぶりに長文を書こうとしたら、なんかスムーズに出てこない。語彙が少ないのは元からだけど、なんかリズムを忘れてしまった感じ。まあぼちぼち思い出すでしょう。数年書かなかった経験もあるから心配はしていない。当分リハビリですね。

手始めに、短いレビューをこちらに載せてもらいました。



3月に読んですぐに書きたかったんだけど、Amazonの最初のころの内容説明がかなりぼやかしたもので、ネタバレと責められるのが怖く様子見してました。最近、帯が替わったようで内容に触れた紹介も上がっているので手を付けることができました。小説書く人はみな読んでほしい。書かない人にも面白いから読んでほしい。


加えて、ぶくぶく沈んでる間にすっかり忘れられた様子なので、Kindle本のキャンペーンやります。
KU対象だし、今更そんなに出ないだろうけど、お久しぶり思い出してねってご機嫌伺い的なやつ。



かなり色の違う2冊を、9月20日16時から5日間、9月25日の夕方まで無料です。よろしく~

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